3月10日、都内KLINE CAFEにて、離任の決まったエラルド・エスカラ駐日ペルー大使夫妻の送別会が行われた。

2012年3月に着任した、エラルド・エスカラ駐日ペルー大使は、国際経済政策学修士を持つエコノミストで、市場開放と自由経済の実現に、ここ数年積極的にFTAを強化していたペルーの大使らしく、積極的な両国間の経済対話を進めてきた。

その一方で、日本とペルーの長い歴史にふさわしく、温かくも強い絆を結び続けるために、着任早々日本国内のペルー協会を一同に会し、一つのネットワーク作りを支えてきた。

この日開催されたエラルド・エスカラ駐日ペルー大使夫妻の送別会は、100年近く日本とペルーの懸け橋として、友好活動を続けてきた日本ペルー協会、山口県ペルー協会、埼玉県ペルー友好協会、ペルー・クントゥル・ワシ遺跡の発掘や博物館の運営を支援する稀有の会らが共催。

ペルーに所縁の深い人たちが集まり、エラルド・エスカラ大使夫妻との時間を名残惜しんだ。

エラルド・エスカラ駐日ペルー大使が、着任早々出席したのは、東日本大震災の1年後に行われた。在日南米出身者たちが主催した、被災者の皆さんへのチャリティーイベントだったと記憶する。

2012年以降のペルーは、日本との経済関係でいうと、TPPやAPECなど、今後のグローバル経済の展開を考える上で、まさに真のパートナーとして、あゆみをそろえていかなくてはならなかった。

それ以前よりも、南米で最も早く日本からの移民を受け入れたペルーは、日本との深く強い絆ができていた。エラルド・エスカラ大使は、積極的に日本各地へと出かけ、民間から自治体レベル、アカデミックの交流を積極的に持ってきた人である。

ペルーからは、長年の計画であった、マンゴー、生のアボカド、これからはミカンにブルーベリーの輸入が予定されている。こうした市場への実現も、エラルド・エスカラ駐日ペルー大使が持つ、日本との経済パイプによるところが大きかったと言える。

また、大使夫人は、キヌアの伝道師として、テレビにも出演。自身の体験から編み出したキヌアのオリジナルレシピは、大使公邸でのイベントでも多くの人にふるまわれていた。

暖かく気さくな夫妻の人柄に、多くの人がひきつけられ、そしてペルーとの縁がより近づく思いであったという。

ペルーとの友好関係活動をする団体を、陰になり日向になり支えてくれたエラルド・エスカラ大使。

離任という別れの時であったが、思い出話と共に、さらなる友情を感じ、ペルーとの消えない縁を大切にしていく機会にもなったことだろう。

 


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