1月18日(金)から2月17日(日)までの間、横浜市にあるJICA横浜・海外移住者資料館では、「ペルーの日系人」と題した写真資料展を開催している。

日本からペルーへと最初の日本人が渡ったのは、1899年。サトウキビ畑や製糖工場で働くために、佐倉丸に790人の男性が乗り、カヤオへと向かった。ペルーは南米で日本人が最初に移住した国として知られるが、その後約3万6千人の人たちがペルーを目指した。現在ペルーの日系人は、約9万人と言われている。

今回、海外移住者資料館で常設してある資料の他に、ペルーの日系人に絞った特別展示は初めての試みだ。展示されている写真や資料は、広島市民局の協力を得ての展示となった。

明治の時代、ここ横浜から佐倉丸に乗り、契約労働者としてペルーに渡った最初の日本人たちは、厳しい労働の下多くの人たちが風土病などに倒れ、790名のうち124人が一年以内に亡くなるという過酷なものだったという。

その後も苦難は続き、厳しい生活を余儀なくされる日本人たちは、それでもペルーで同胞たちが助け合いながら、少しずつペルーの社会へとその足場を作っていった。


展示物は、そうしたペルーに暮らす日系人たちの足跡をたどるもので、当時の貴重な携行品や、写真、証言映像などから、今の日系人たちの歴史を知ることができる。

当初の出稼ぎから、ペルーへと移住していく日本人たち。さらには、第二次戦争のときに、日本人が反政府活動をしているというデマのために、日本人の家や職場が襲撃されたこと。さらには、1942年から1945年の間に、日本人市民をアメリカの強制収容所へと連行された歴史など、日本に暮らす日本人にとっては、なかなか知ることのない出来事が資料からわかる。

また、今回ぜひ見ておきたいのが、戦後困窮する日本人のために、ペルーの日系人たちが日本へと支援物資を送っている資料だ。第二次世界大戦後、日本への復興の手助けとして、ララ物資(LARA  Licensed Agencies for Relief in Asia:アジア 救援公認団体)が有名だが、ペルーに暮らす日系人たちが、祖国のためにと支援の手を差し伸べているのだ。

また、2011年に起きた、東日本大震災の時も、ペルー日系人社会はいち早く、義損のための活動を始めている。ブラジル日系人やアメリカ日系人が、テレビドラマや出版物に取り上げられているのに比べ、ペルーの日系人は意外に少ない。

1990年代には、日系人のフジモリ大統領が誕生し、日本には初の日系人ペルー大使がペルーと日本の架け橋を作っていった。

現在の日系人社会を知ることは、私たち日本人の歴史とも深くつながっていく。場所は赤レンガ倉庫のすぐ近く、週末の外出にぜひ足をのばしてはいかがだろうか。

 

海外移住資料館

 

 


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