ぺルー山口県人協会創立90周年慶祝訪問団訪問記出版
2017年8月、ペルー山口県人協会創立90周年記念を祝して、同協会と共に日本との交流を支えてきた山口県ペルー協会が慶祝訪問団(湯田克治団長)を結成し、村岡嗣昌山口県知事とペルーで行われた記念式典に参列。その訪問記がこのほど出版された。
南米でいち早く日本からの移民を受け入れたペルー。その移民の歴史は1899年2月に始まる。この移民事業を実現させたのが岩国藩士の子として生まれた田中貞吉氏だった。移民第一回目の移民を運んだ佐倉丸には総勢790人のうち、山口県人は187人だったという。
第一回目の移民たちは、条件の過酷な砂糖農園での労働や風土病により、多くの尊い命が犠牲になった。その批判を受け、田中貞吉氏は日本人移民の労働条件改善や契約などについて奔走する。やがてペルー移民の父、ペルー移民の先駆者として後世に称えられる田中貞吉氏が作った日本からペルーへの道は、当地で文化や風習、言葉など全く違う中で社会生活を築き、苦難を乗り越えてきた日系人へと繋がっていく。
山口県ペルー協会(会長河村建夫衆議院議員)は、平成14年に、山口県とペルーとの友好を促進するために発足。以来ペルー山口県人協会と連携しペルー留学生・技術研修員の受け入れや、ペルーに設立されたペルー人のための山口学校の支援、救急自動車、消防車、救助工作車の寄贈を行ってきた。また、定期的なペルー交流イベントを開催し、ペルーと山口県の懸け橋になり活動を続けてきている。
本訪問記は、「ペルー山口県人協会創立90周年慶祝訪問団訪問記」と別冊で「ペルー山口県人協会創立90周年慶祝訪問団の記録」の2冊に分かれている。
慶祝訪問団は、当地日系人社会での交流の他、救助工作車や救急自動車贈呈式に参加し、また移民ゆかりの場所を視察している。
本訪問記は、こうした訪問先での記録、訪問団に参加した人たちの思いが手記になっている。事実移民でペルーへと渡った祖先を追う旅であったり、当地で過ごした家族を思うなど、その手記には一人ひとりのペルーへの追従や記憶が刻まれていた。
日本人がどうして南米を目指したのか、そこでどのような社会を築いていったのかを知る資料としても大変重要な書となっている。
さて、まもなくペルーでは移民120周年を迎えようとしている。あの1899年にペルーへと旅立った人々の多くは日本に帰ることができず亡くなっている。山口県からペルーへと移住した187名の方たちもだ。
ペルーのカニエテにある南米最古の慈恩寺には、こうした日系人の位牌が置かれ日本人墓地の無縁塔に眠る魂もあるという。
今回の訪問では、山口県ペルー移民の歴史の中で、初めて知事も参列し公式慰霊訪問が実現した。
先人たちの無念さを胸に、たくさんの移民たちが今を築いてきている。母県とのつながりを担う役割が県人協会には求められるが、そうした実績を点として、線となってつなげていくのは、やはり人であり、なににも求めないただひたすらの友好であると本書は教えてくれる。
<お問い合わせ先>
山口県ペルー協会
(岡:090-4802-1936)