ペルーのアンデス文明調査研究についての功労者であり、文化遺産の大切さを広く伝え保護した故天野芳太郎氏。その肖像が日本人として初めてとしてペルーの郵便切手の図案に選ばれた。

故天野氏は、1898年7月2日に誕生。2019年の今年は生誕120周年の節目となる。奇しくも氏が生まれた年は、ペルーへの日本人移民が本格的に動き出した年で、移民事業を扱っていた森岡商会が、田中定吉氏をペルーに派遣しており、日本人移民の元年となった。

秋田県南秋田群脇本村(現在の男鹿市脇本)に生まれた天野氏は、県内の工業高校を卒業後、造船所に就職。その後、天野商会を設立し商機を逃さず成功を収めるが、関東大震災で大きな打撃を受けた。

その後、南米での成功を目指し、ウルグアイ、パナマへ。パナマで「天野商会」を設立した。農業、漁業、製薬業、金融業を展開。事業の大きな成功を収める。

しかし、日米開戦は、そんな天野氏の成功を根底から崩していった。全財産を奪われ、当時のアメリカにあった日本人や日系人を収容するキャンプに送られた後は、日本への帰国を余儀なくされる。

戦後、天野氏の事業への意欲はさらに増し、1951年にはペルーへと戻り、ペルーで事業を再開した。

少年の頃より、考古学に興味を持っていたという天野氏。ペルーでの事業が成功を収めるにつれ、古代のアンデス文明のうち、研究を深めていった。

1964年には、私財を投げ出し、リマ市内に天野博物館を設立。それまで発掘、収集した数万点を所蔵し、展示する。

中でもアンデス文明時代の織物コレクションは類をみることがないほどのコレクションで、当時の貴重な文化を今に伝えている。

天野氏のこうした遺跡の発掘や保護については、ペルーの古代文化の保護といった観点からも大変な貢献で、ペルーの文化功労勲章も授与されている。その天野氏が切手の図案になるというのは、ペルーと日本の友好を文化歴史面で広くささえた証として、この節目の記念年にふさわしい。

切手の発売は、2月15日から。全部で5000枚とのことで、1枚6.50ソルになる見込み。

2月14日には、リマ市内の天野プレコロンビアン織物博物館にて、公式記念セレモニーが開かれる予定だ。

なお天野氏の著作は現在でも読むことができる。戦争ですべてを失いながら、不屈の精神でよみがえった師だが、その渦中にあってなにを思い、

どうして希望を失わずに生きていくことができたのか?波乱の人生をぜひのぞいてみてほしい。

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