2019年3月2日から、横浜市にあるJICA横浜海外移住資料館の企画展室で、日本人のペルーへの移民の歴史を知る企画展「マチュピチュ村を拓いた男野内与吉とペルー日本人移民の歴史」が始まり、5月26日まで開催されている(入場無料)。

1899年2月27日、日本人790名を乗せた移民船佐倉丸が、横浜港を離れ太平洋を渡った。その船は同年4月3日に、ペルーのカヤオ港へと到着する。

今年は、日本人がペルーへと移民を始め120周年という節目の年になった。ペルーは南米の中で最も早く、日本と外交を始めた国として知られているが、日本人移民を受けいれた最初の国でもある。カヤオ港に到着した日本人は、労働不足に悩む当地のサトウキビ耕地の契約移民として働き始めるが、言葉も環境も違う異国にて、さらに約束とは違う労働条件の中、初期の移住者の困難は、言葉では伝えきれないものがあった。

その時から、現在までのペルーでの日系人は、10万ともいわれている。120年という歴史の流れの中で、確かな日系人社会が形成され、現在の日本とペルーを結ぶ縁をつなげてきた。

本企画展は、こうした日本人移民の歴史をひも解き、ペルーの日系社会を作り上げた人々や活躍を資料と共に知ることができる。

また、世界的な観光地として知られる「マチュピチュ」の初代村長を務め、その発展に人生をかけた一人の日本人、故野内与吉氏の活躍を伝える。

野内与吉氏は、福島県大玉村の出身。裕福な農家の次男として生まれ、契約移民のポスターを目にし、新たな世界へ希望を抱き移民としてペルーへの渡秘を決意。現地の人々の暮らしを支えるために、自分の持つ知識や技術を惜しみなく注いできた野内氏。自ら鉄道建設にも携わり、野内氏が実際に使っていた鉄道レールのための工具や遺品も展示されている。

 

本展示開催前の3月1日は、開催の式典が行われた。式典には、ペルー国会内アンデス議会副議長を務めるホルヘ・ルイス・ロメオ・カストロ氏、ハロルド・フォルサイト駐日ペルー共和国大使閣下、ホルヘ・ハヨ駐日ペルー共和国総領事らが参列した。

式典では、野内与吉氏の孫で、与吉氏の歴史を丹念に調べその功績を伝える日本マチュピチュ協会の野内セサル良郎会長があいさつを行った。

すでに、4世、5世の時代になったペルー日系人社会。そして多くのペルー日系人が、日本社会でも活動の場を広げている。解説パネルを読み進めながら、日本人移民の歴史を知ると同時に、これまであまり知られてこなかった野内与吉氏の足跡を知ることができるのが、今回の企画展だ。

写真上より:日本マチュピチュ協会野内セサル良郎会長 ハロルド・フォルサイト駐日ペルー共和国大使閣下、解説パネル、式典後、野内会長による展示物の説明

JICA横浜海外移住資料館「マチュピチュ村を拓いた男野内与吉とペルー日本人移民の歴史」案内

 

 

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